<< October 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

ブログで文章力をつける3−文章のレベルを上げる

学習者の日本語力がある程度身に付いてくると、既習の表現や単語だけでもそれなりに言えるようになります。しかし、それが落とし穴にもなります。なぜなら、新しい文法や単語は積極的に使っていかなければ、自然に使えるようにはならないからです。

私は学習者に対して「新しい文法と単語をたくさん使ってください」とよく言っていますが、これは外国語教育に限ったことではありませんね。足し算ばかりを10年続けても数学が上達しないように、文章力も次のステップに挑戦しなければ上達しません。

私が考える上達法は、大きく分けて2つあります。

1.より難しいタスクに挑戦する
英語教育に見習うべき点は英語力ではない」でOPIを紹介いたしましたが、覚えていらっしゃいますか。こんな段階がありましたね。
 1:暗記した文を話す「例:私の名前は○○です。どうぞよろしく。」
 2:自由に文を作成する「例:昨日、デパートへ行きました。それから…。」
 3:自分の意見を述べる「例:地下鉄はバスよりも便利です。なぜなら…。」
 4:説明する「例:アメフトはラグビーに似たスポーツですが、…。」
 5:説得する

意見を述べるには、自分の考えが整理できていなければなりません。説明するには、対象の物や事についてよく理解し、客観的な観点で話せなければなりません。
「どうしてエビちゃんは人気がありますか。」と質問されて、「やっぱりかわいいからだと思います。」と答えたら意見ですね。そこに「どんな人に人気があるか」「その人達の理想とする女性像とは」といった客観的な観点が加わると説明になりますね。

説得するには、まず相手の事情を理解し、次に相手の意見を自分の意見へ誘導するための段階的説明が必要になります。OPIでは上級より上の超級と位置付けられているのですが、日本人が受けても超級は難しいと言われています。
政治家同士の会話を思い浮かべてください。互いに説明するだけで、説得するだけの話術に欠けていますね。

2.普段の生活や既存の知識とは異なる話題を選ぶ
上記のOPIの段階は、簡単に上げられるものでは御座いません。しかし、タスクは同じ段階でも新しい話題に挑戦することで、作文の練習ができます。新しい話題を選ぶことは、「理解⇒整理」の練習をすることと同じですからね。


私はこのブログで、日本語とも教育とも関係ない話題を書く事がありますが、それは「説明」や「要約」の練習をしているからです。「英語教育」や「」について批判的に書いたこともありますが、それは「説得」の練習をしているからです。今後も話題が逸れることがあると思いますが、ご理解ください。

 


この記事のカテゴリー:教育 , comments(1)

ブログで文章力をつける2−正しく伝達する

ブログで文章力をつける」はご覧になりましたか。今日はhanulさんに頂いた「日本語文章能力検定審査基準解説」の抜粋をご紹介いたします。

「文章を書くということは、ある目的または意図があって、その目的・意図が十分に果たせるように、相手や自分が置かれた状況に応じた文章を作り上げるということです。」

なるほど。14日にOPIの一部をご紹介いたしましたが、文章も会話も核となる部分は同じですね。

自分が伝えたい情報を相手に正しく伝達することが、会話でも文章でも最低限必要なことですが、それが著しくできていない人達もいますね。政治家です。「国民に正しく情報伝達する」という目的が果たせていない以上、文章力がないと言わざるを得ないでしょう。中には、文章力がないのに単語力で誤魔化そうとしている議員もいますが、最悪です。

議員もブログを始めていますね。彼らのブログが文章力の向上につながることを期待しましょう。

 


この記事のカテゴリー:教育 , comments(2)

英語に対する中央教育審議会の勘違いと小学教師の勘違い

毎日新聞にこんな記事が掲載されました。
「中教審方針:英語必修化に教師が尻込み 混乱や動揺も?」
やはり出ました。両者の勘違い。論点がずれているのに、気が付かないのでしょうか。

中央教育審議会の勘違い
「英語コミュニケーション能力の育成が不可欠と判断した」と記事にありますが、それが「小学校高学年で英語を必修にする」につながるとは…。
早く始めれば上達すると考えるこの安直さ。問題は学習期間ではなく学習の質です。ゆとり教育に続く失敗にならなければいいのですが。詳しくは以前の記事をご覧下さい。

小学校教師の勘違い
泣きどころは「先生たちに英語アレルギーがある」(区教委指導主事)ことだ。「私は『さんきゅうべりまっち』の世界。こんな発音で教えちゃまずいわよね。」(記事抜粋)
発音を気にしています。「コミュニケーション能力=綺麗な発音」と考えるこの安直さ。コミュニケーション能力の育成には、発話に対する抵抗をなくすことから始めなければなりませんが、肝心の教師にそれが備わっていません。
専門分野以外を教えることに勇気と努力が必要なのは分かりますが、論点をずらし、言い訳を作る教師の体質は、変わっていません。勉強のできない子供がいたら「だったらもっと勉強しろ」と言うように、小学教師にも「だったらもっと勉強しろ」と言いたいです。

 


この記事のカテゴリー:教育 , comments(0)