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高校教育は必修科目を減らすべきでは

伊吹文明文部科学相は、高校の日本史を必修科目にすべきだと考えているそうです。<記事

これって時代と逆行していませんか。

大学入試で科目数を減らすことも、海外の飛び級制度の根本も、一芸に秀でた人を評価するためです。必修を増やすことは、特定の科目に掛ける学習時間を削ることであり、一芸よりも総合力をより重視する傾向を強めることに繋がります。

小学校の英語教育もそうですが、科目を増やすことで、1つ1つの学力が低下することに気付いてもらいたいです。

 


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国公立大の9月入学は最悪の構想 その問題点とは

安倍官房長官は、「教育再生」の一環として、国公立大学の入学時期を9月に変更し、高校卒業から大学入学までの間に社会奉仕活動を義務付ける改革案の検討を始めたそうです。<記事

こんな想像力を持った方だったとは…。

問題点1
「9月に入学時期を欧米と同じ9月に変更すれば、海外留学の促進にもつながる」とありますが、これを直接的に書けば「日本から欧米へ学生が流れることを促進する」ことです。まずは、日本の国立大学から海外の大学院へ進学する人が増えるのではないでしょうか。アメリカが教育・研究機関に優秀な人材を集め、それを国益に繋げていることを考えると、日本は自ら優秀な人材を失おうとしているのですね。


問題点2
この留学促進は小学生への英語教育とも連動させているのでしょうか。だとしたら、少子化と留学で日本国内の学生はさらに減少するかも知れません。学生の競争が減れば、さらなる学力低下は避けられなくなります。語学や経営学などの一部の分野に限定するなら、留学を促進するのも分かるのですが、それを国立大学という枠組みで行おうとは…。


安倍氏の構想を「社会貢献」と「奉仕の精神の育成」に分けて考えると、「社会貢献」だったら「問題点3」、「奉仕の精神の育成」だったら「問題点4」にすべきです。


問題点3
ボランティアにも労働奉仕や知的奉仕、技術奉仕などがあるでしょうが、高校卒業時点では、労働奉仕くらいしかできません。それを国立大学へ入学する学生にさせるべきでしょうか。民間企業の中にも、全社を挙げて社会奉仕に取り組んでいるところがありますが、これが有効な例だと思います。同じ優秀な人材にさせるのなら、専門知識・技術を得てからの方が有意義です。


問題点4
国がすべきは、ボランティア活動を義務化することではなく、ボランティア活動した個人を評価することではないでしょうか。現在の日本社会の中で、もっとも奉仕の精神に欠けているのが公務員であることからも、公務員の採用や昇進にボランティア活動を加味するのが、国が強制可能で、且つ有効な方法だと思います。まずは政治家に毎週ゴミ拾いをさせてみてから、この検討を始めるべきです。


問題点5
安倍氏は日本人を海外へ出すことが国際化だと考えているようですが、逆のことは考えていないのでしょうか。日本の土木や建築といった分野が世界最高であることと、日本への留学生の多くがアジア人であることを考えると、この分野で優秀な人材を集めることが、教育レベルや国力の発展に繋がると思います。少なくとも、欧米を意識する問題ではありません。


日本語教育にとっても、日本の教育レベルが低下することや、日本の経済力が衰退することは心配です。

 


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ゆとり教育よりも英語教育が問題では

「3+2×4」が分からない小学6年生。
この記事(削除済み)にはさすがに驚きました。

そして、もう1つ見落としてはならない点は、「小5の3分の1、小6の4割強が誤答」という実態。記事では「ゆとり教育の見直し」に論点を当てていますが、小5よりも小6の方が誤答が多いという結果は、これでは説明できません。何故なら、小5の児童もゆとり教育で学んだ学年だからです。

私はこの逆転現象の原因を英語教育にあると思っています。

突如、そして急激に小学生の英語教育を進めた結果、転換点にあたった現在の小学6年生にそのしわ寄せが来たのではないでしょうか。加えて、中学進学を直前にして、他の教科を疎かにしてまで英語教育をしなければならない危機感を感じていたのかも知れません。

そしてその影響は、漢字にもあったようです。「日常生活で使用頻度が高い漢字は定着していたが、使用頻度が低い漢字の定着は不十分だった」と記事(削除済み)にあります。つまり、日常生活以外の語彙が増えてないと言うことですね。それを増やすのが学校の教育のはずですが、何をしていたんでしょうか。

企業で人員削減や納期短縮を行う際には、徹底した合理化や新たな生産システムの導入(または開発)などの工夫が施されるはずです。しかし現在の小学校教育では、授業数を減らして、英語教育を過剰に推し進めているんですからね。本来ならば、生産性を上げるための教師の努力が、英語教育ばかりに注がれていたのだったら、この結果も起こるべくして起きたってことでしょうか。

日本がどれだけ英語教育を推進しようともアメリカ人以上にはなれません。日本の得意分野だった数学や科学までが英語教育の影響で低下してしまうようでは、日本の強みは消えてしまいます。

個人的には、逆英語特区のような「英語を軽視」「国語や数学を重視」のような地域があっても、良い差別化になると思います。

既に「英語以外は駄目だった」になっているんですが、10年後に「英語も駄目だった」なんて記事を目にしなければいいのですが。

 


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