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格差問題の一人歩き

「格差社会」「格差問題」「所得格差」「教育格差」など、「格差」という言葉を毎日のように聞かされるようになりましたが、だんだんとその使われ方が変わってきているように感じています。

はっきりと覚えている訳ではありませんが、確か「格差」という言葉が頻繁に使われるようになったきっかけは、「格差の固定化」だったと思います。

※格差の固定化−裕福な家庭に生まれた子供でなければ、高い教育を受けられず、高い教育を受けた子供でなければ、なかなか高所得者にはなれない。都市部と過疎地で育った子供とでも、同様の差が生まれる。このような、生まれた環境によってその後の所得が決まってしまうことを格差の固定化という。(左近)

格差問題の指すものが「格差の固定化」なら、その焦点は「生産年齢の所得」や「教育問題」になるのでしょうが、最近の報道を見ていると、どうも低所得者がいる社会を格差問題としているように感じます。

人に努力や才能がある限り、差は生まれるはずです。それら全てを格差問題とするのでは、まるで共産主義者のようです。

靖国問題を靖国参拝に関してに改めよ」でも書きましたが、どうも語呂の良さで使われるようになった言葉が多すぎるように思います。「格差の固定化」と「最低賃金」「非正社員」などの問題は、別々に扱うべきではないでしょうか。

 


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