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学習者「痛いです」 アナウンサー「決めたいです」

「子供が痛いです」
日本語学習者は、こんな間違いをします。

「痛い」や「嬉しい」などの感覚は、自分にしか使いません。実際に子供がそう言っていれば「痛いと言っています」ですし、様子から判断したのなら「痛そうです」や「痛がっています」です。

このような間違いを日本語学習者がするのでしたら理解も出来るのですが、アナウンサーまでもが同様の間違いをしています。

サッカーなどで、このような日本語を聞いたことがありませんか。
「ここで決めたいです」「クリアしたいです」
願望の「〜たいです」も自分にしか使いません。上記の「痛い」と同じです。

日本代表のように、視聴者のほとんどが同じチームを応援しているのなら「ここで決めて欲しいです」と言ってもいいでしょうし、客観的に述べたいのなら「ここで決められるか」か「この辺りで決めたいところです」と言うべきです。

ガソリンが値上げしました」でも指摘しましたが、一部のアナウンサーの文法能力は、日本語学習者と大差ないのかも知れません。

 


この記事のカテゴリー:アナウンサー , comments(7)

コメント

いつも「なるほど!」と思いながら拝見しておりますが
これに関しては、ちょっと疑問を感じました。

アナウンサーが「決めたいです」「クリアしたいです」
と言うのは、単に選手の心情を代弁してるからでは?
「立場表現→なりきり話法」なのだと思います。
文法的には、何も間違っていませんよね。
応援者としての願望でモノを言う時は「〜て欲しいです」
と言って、使い分けてると思いますよ。

「日本語学習者」の気持ちがわかりすぎてしまうと
日本語ネイティブとして「ちょっと考えればわかること」
を「おかしい」と錯覚してしまうのではないでしょうか。

「子供が痛いです」
これは日本語学習者の明らかな間違いだと思います。
間違いの原因として多様な立場表現、また投影話法などを
教授されてはいかがでしょうか。
Comment by なるほど!? @ 2007/02/17 9:43 PM
なるほどさん、はじめまして。

まず、アナウンサーが選手の心情を代弁したいという考えを持っている可能性については、私も考えました。しかし、それこそが「そうです」の表現ではないでしょうか。

電車の中で「あの人は椅子に座りたいです」とは言いませんよね。「座りたそうです」が自然です。相手に直接話しかけるのなら「座りたいですよね」も分かります。

話し手でも聞き手でもない第3者に「〜たいです」という表現を使うのは、やはり不自然な気がします。少なくとも私の身の回りの人は使いません。

どうしても実況で「たいです」を使いたいのなら、「決めたいところです」と状況説明の表現にすべきだと思います。
Comment by 左近 @ 2007/02/19 2:43 PM
これまた非常に微妙ですね。というのは、「なりきり」的な表現は
マンガ(セリフではなく、ふわふわした雲形で表現されることの多い
内面描写)やナレーション、実況でしか見られないからです。つまり
よほど条件がそろっていないと「身の回り」では見かけない。

個人的には、例えばホームビデオで赤ん坊の場面に「上りたいよう、
でも怖いよう」とアテレコをつけたり字幕を乗せたりし得るのと
同様に、興奮したアナが「これはクリアしたい!」とくだけた実況
をしてしまうのは許容範囲なのではないかと考えます。
Comment by nan @ 2007/02/20 6:40 PM
珍プレー好プレーのような番組の場合は、漫画やホームビデオと同じでしょうが、スポーツの実況は別だと思います。「実況」は実際のありさま(goo辞書より)であって、推測や思いを含むべきではないのではないでしょうか。

文法的な正しさよりも、許容範囲かどうかの差のようですね。
Comment by 左近 @ 2007/02/20 10:39 PM
しつこいようですが、再度コメントさせて下さい。

これってテレビでのスポーツ実況の話ですよね?
サッカーのように、一瞬で攻守が逆転し速いテンポで進行していくゲームで「〜(た)そうです」や「〜(た)がっています」などと、画面を見ていれば分かる「状況説明」「情景描写」に終始するアナウンサーが居たとしたら、少なくとも私は「何てつまらない実況なのだろう」と感じてしまいます。

選手になりきって心情を代弁し、視聴者に伝える…そうやって臨場感を演出していく事が、実況アナウンサーという「特別な立場での表現方法」「テクニック」なのだと思います。(言葉を話せない赤ん坊に対するアテレコや字幕、代弁という意味ではあらゆる通訳の手法も同じかもしれません。)


また、電車の中で誰かが誰かを指して「あの人、椅子に座りたそう」と有様をそのまま口にしているのを聞いたら不快感を覚えませんか?また、相手に直接話しかけるとしても「座りたいですよね」とは言わず「どうぞ」と言うのが一般的ではないでしょうか。

そもそも動作主(他人)が、何かを「〜(た)そうだ」「〜(た)がっている」という、見ていればわかるような願望の様子は心中に留めておく事が多く、実際の日常生活ではほとんど発話しませんよね。
それもあって「なりきり表現」が生まれるのではないかと思っています。
Comment by なるほど!? @ 2007/02/21 5:54 PM
本文でも書きましたが、日本代表の試合のような視聴者の大部分が同じチームを応援している場合は、そのような方法でもいいと思います。ローカル放送でも、有効な場合があると思います。

しかし、必ずしもアナウンサーが代弁しているチームを視聴者が応援しているとは限りません。基本は客観性だと思います。

これは一例ですが、阪神ファンの人が、巨人中心の実況をされたら嫌だと思います。「決めたい」という実況を「クリアして」という気持ちで見ている視聴者もいるのです。

それから、電車の例ですが、もちろんそのような話し方はしません。会話と状況説明は別です。日常と実況とでは、使い分けが必要です。

どうも、「〜たいです」の文法よりも、実況の役割に対する認識の差が、意見の違いを生んでいるようですね。

これは、HNKと民放とでも認識が違うことなので、一概には言えないのですが、実況という役割を着実にこなしているのはNHKの方だと思います。なるほどさんがおっしゃるように、どちらが好きかは、人それぞれですが。
Comment by 左近 @ 2007/02/21 7:04 PM
またもや失礼致します。

今回はおっしゃる通り、実況の役割に対する認識の差・許容範囲の差・好き嫌いの差が意見の違いを生んでいますね。しかし、こういう流れになってしまった理由を文法的な視点で捉えるならば…本題(根本的なところ)で「〜タイです」へ接続する品詞として、

 〃鼠道譴任△「痛い」(感覚であり、普遍的・生理的な形容詞)
 他動詞(それも意思感情からくる願望)の「決めタイ」「クリアしタイ」

という別品詞を引き合いに出して、比較されているからのような気がします。


今後もし文法的に、接続する品詞で考えてみるのであれば
 自動詞…「座りタイ」「寝タイ」などの普遍的・生理的な自動詞

を加えてみても良いかもしれません。

仮にアナウンサーが実況中に、同じ形容詞の 崢砲い任后廚犯話するとしたら、それは時に客観性を失ったアナウンサーが自身の主観として「この失敗(失点)はチームとして痛いです」や、選手が死球を受けた場合に本人になりきって「痛い!」と言うような場面でしょうか。また、これも人それぞれ好みはありそうですが、こういった実況方法(表現)は私の許容範囲に充分含まれます。

そして少なくとも私は「選手が痛いです」などと言ってしまうアナウンサーなど、この世の中に居ないと信じています。
Comment by なるほど!? @ 2007/02/22 12:16 AM
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