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大学が専門学校化している

近年、大学に設置される学部や学科を見ていると、どうも専門学校化しているように感じます。

まずは、大学と専門学校の違いから確認します。

【大学】学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させる  (文部科学省)
【専門学校】専修学校のうちで、高等学校卒業者を対象とする専門課程を置いているもの  (goo辞書)
【専修学校】職業若しくは実際生活に必要な能力を育成し、又は教養の向上を図る  (文部科学省)

要するに、学術分野を広く深く教えるのが大学で、職業に必要な能力を教えるのが専門学校なんですね。私が見出しで書いた「大学の専門学校化」も、まさにこのことを指しています。

学科・学部を新設するのはいいのですが、それがあまりにも限定的な分野・知識であったら、それは他の分野で活躍できない人材を育てることになります。そうなれば、階層として高校の上に存在する教育とは言えません。専門学校です。

少子化時代を向かえ、大学もマーケティング戦略を始めたんでしょうね。「漫画学部・学科」などは、まさにニッチャーの戦略(分割した小さな市場を対象とする戦略)です。早稲田大学でさえ、チャレンジャーの戦略(積極的な学生数拡大の戦略)を繰り返していますからね。教育も経済活動の要素が強まってきました。

 


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「いじめ」は教育の問題ではない

いじめは教育の問題だとして、学校に責任を押し付ける風潮に疑問を感じています。

そもそも、いじめ(力の暴力・言葉の暴力・差別・嫌がらせ・強制)は社会全般に存在します。上司から部下へ。部活で上級生から下級生へ。横柄な客から店員へ。親から子へ。兄・姉から弟・妹へ。無視もいじめと考えるなら、子から親へのいじめも存在します。

ここで考えるべきは「いじめの連鎖」をどうするかです。

兄にいじめられた人は弟をいじめるのです。上司などにいじめられた人は家庭の誰かをいじめるのです。いじめのある部活動には、毎年のようにいじめが発生するのです。

いじめられた人はいじめる側へ変わるのです。これが「いじめの連鎖」です。

学校でいじめ撲滅に奔走していらっしゃる先生方のご苦労はお察ししますが、いじめられた人を1人救おうが、いじめる人はまた別の人をいじめるだけなので、いじめ自体の解決には至りません。

もし、本気でいじめ撲滅をしようとするのなら、いじめた人が厳しく処罰されるような体制を大人の社会から形成していくしかありません。

そして、私達1人1人ができることといえば、些細ないじめもしないこと、つまり連鎖を断ち切ることしかありません。人口減少の時代は、弱者減少の時代でもあるのです。

強者である政治家やテレビ司会者の「助けてやれ」目線の考えは、既に時代遅れではないでしょうか。

もっとも、中国・韓国のような、全ての国民がいじめることのできる対象を自国外に設置するような教育よりは、優れているとも言えますが。

 


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センター試験の義務化で入試と卒業を一本化しては

高校の必修科目未履修問題の原因は高校にあるのでしょうか。進学校が受験のための教育に傾いていくことは、極自然なことです。

補習時間を設定すればいいというのも、安直な対応ですね。必修科目の目的は、出席ではなく習得のはずです。

そもそも、高校・大学・教育委員会は、必修科目をどのように考えているのでしょうか。理系の学生も文系の学生も工業高校の学生も必ず習得しなければならない内容が必修科目ではないでしょうか。

だったら、非常によくできているセンター試験を利用して、大学入試と卒業試験の2つの合格ラインを設けて全高校生に義務化することが、もっとも確実だと思います。

高校教育と受験を一本化することで、高校生の学習にも余分な負担がなくなるのではないでしょうか。飛び級も認め、優秀な学生や学校を評価するのも良いと思います。義務化により、センター試験が無料化できれば、なお良いです。

誰でも入れて全員卒業でき、しかも受験は予備校頼みでは、高校教師の指導力すら疑問視することができません。

義務教育ではない高校教育だからこそできる改革を安倍内閣には期待しています。

 


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