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ニュースの「次です」は間違い

ニュース番組で次のニュースを紹介する時、多くのアナウンサーが「次です」と言います。皆さんは、この日本語が気になりませんか。

わざわざ説明するのも馬鹿馬鹿しいのですが、「次」というのはあるものの順番を表します。
 例:私の出番はこの次です。
 例:天気予報はスポーツの次です。

次のニュースを紹介する時、視聴者に伝えるのは順番ではなくニュースが替わることなので、当然「次のニュースです」でなければなりません。時間短縮のためだとしても、「次です」と言ったところで時間的に短縮できるのは0.5秒程度なので、わざわざ変な言葉にするほどの意味はありません。

以前はちゃんと「次のニュースです」と言っていたように思うのですが、いつの間にか「次です」という表現が定着してしまったように思います。最近のアナウンサーにとって日本語はどうでもいい問題ないのかもしれませんが、「次」と「次のニュース」くらいの違いは理解しておいてほしいです。

 



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裁判員制度で集団的圧力と冤罪が増えるのでは

裁判員制度が開始されました。素人が人を裁くことへの倫理観や、残虐な殺害方法を見聞きした場合の心的影響、情報漏洩に対する罰則などについて議論があるようですが、真に議論すべきは「集団的圧力」と「冤罪」ではないでしょうか。

「集団的圧力」の例として、松本サリン事件があります。
─ 松本サリン事件 ─
オウム真理教松本支部の立ち退きを周辺住民が求めていた裁判におけるオウム真理教側の敗訴の公算が高まったことがあった。オウム真理教の教祖麻原彰晃(松本智津夫)は、この状況を打開するために、同教団信者である村井秀夫・新実智光・端本悟・中村昇・中川智正・富田隆・遠藤誠一らに、裁判を担当する判事の殺害を指示した。これを受け、同信者らは長野地方裁判所松本支部官舎に隣接する住宅街にサリンを散布した
─ Wikipedia「松本サリン事件」より抜粋 ─

被告人個人が裁判員に対して何かをするのは難しいでしょうが、ヤクザ・カルト宗教・在日外国人組織のような大きな組織の人間が被告人になった場合は違います。傍聴人として潜入した関係者によって裁判員の顔を覚えられ、退廷後に尾行され、氏名や住所が明らかになった状態で無罪にするよう脅迫される、といった危険が裁判員の身に発生しかねません。

次は「冤罪」についてです。

まずは、皆さんが被告人になった場合を想像してください。無実の罪だったら、従来通りの裁判官のみの裁判で真実を追究してほしいと望むのではないでしょうか。逆に、罪のある身で裁判を受ける場合は、裁判員の心情に訴えかけることもできる裁判員制度の方が、無罪や減刑の可能性も高いと考えるのではないでしょうか。

証拠のみで判決を下すよう訓練を受けた裁判官でさえ、痴漢冤罪のようなことが起こるのに、一般社会で人を判断してきた裁判員が、被告人の印象や思い込みに影響を受けないはずがありません。

個人的には、裁判員に指名されても冷静に判決を下せるとは思うのですが、その後、ただの通行人に対しても被告人の関係者ではないかと警戒するようになることを考えると、裁判員を拒否したくなる人の気持ちも分かります。また、自身が無実の罪で起訴された場合のことを考えると、事件の目撃者にすらなりたくないという気持ちも湧いてきます。

この裁判員制度は、まっとうな人生を歩んでいる人にとってリスクでしかありません。納得のいかない判決を下された被害者家族の方には申し訳ありませんが、所詮他人とは他人のままでいたいというのが、多くの国民の本音ではないでしょうか。

 



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韓国の歴史教科書は古事記レベル

まずは、古事記のストーリーの流れを簡単にご説明します。なお、私はこの分野の専門家ではありませんので、誤りがあるかも知れません。

1.混沌の世界に神が現れる
2.神が神を生む
3.ある神が日本や人間を創る
4.地上の怪物を神が退治する
5.神が地上を治める
6.神々の間で姫を巡る争いが起こる
7.天上の神と地上の神とで地上の統治争いが起こる
8.西日本の各地を平定した神が天皇に即位する
9.大和朝廷が東国を平定する

古事記は、天武天皇の命令で伝承を元に編集された書物です。ストーリーはほぼつながっていますが、上巻は神話、中巻は伝承上の話、下巻は歴史書と見られています。

編集目的ですが、編集当時は神話も歴史的事実と信じられていて、純粋に歴史書として編集された可能性もありますが、天皇家を神格化するためだったとも考えられます。そのため、現代の私たちが古事記を扱う場合は、歴史書としてよりも、物語として楽しむべきと言えます。

しかし、日本人の常識は韓国人には通じません。

韓国はやたらと「正しい歴史」とか「歴史の共通認識」とか言いますが、そもそも韓国の歴史教科書は神話を歴史に含めています。しかも、社会は国定教科書と定められています。これはまさに、1300年前に古事記が編集された当時の日本と同じ作業です。政府の都合が反映されない訳がありません。

あまり韓国のことを書くと、誹謗中傷が酷くなるのでここまでにしますが、当時の日本が天皇家を神の系譜としたように、現在の韓国が自国の歴史を再構築しているということだけは、日本人として知っておくべきことだと思います。

 



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